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【独眼竜の野望】
【関ヶ原の陣】

丹羽長重(にわ ながしげ)†

レベル:数†

62:3

家紋†

西軍

戦闘開始時セリフ†

父譲りの粘り腰よ。
たやすくは抜けぬぞ。

構成†

名前職業レベル初期付与使用技
丹羽長重懐剣一刀薬師62妖周天凶風、刹雷、黒呪の霧、裏鬼門
丹羽長正棍棒僧60▲▲▲▲僧兵連撃・改、完全回復、諸行無常、仏の加護・参
上田重安薙刀薬師58▲完全治療、般若験力、荒行

特徴†

生息地域†

ドロップアイテム†

列伝†

丹羽長重(にわ ながしげ)
1571-1637 丹羽長秀の長男。正室は織田信長の五女。
1583年の賤ヶ岳の戦い、1584年の小牧・長久手の戦い等に参陣。
1585年に父・長秀が没すると越前・若狭・加賀二郡123万石を相続したが、佐々成政征伐時、家臣に内応の疑いをかけられ、羽柴秀吉によって越前・加賀の領地と長束正家や溝口秀勝ら重臣を召し上げられた。
関ヶ原の戦いでは西軍に与し、東軍の前田利長と戦ったため、戦後に改易される。
1603年、常陸古渡藩1万石を与えられて大名に復帰し、大坂の陣では徳川方として参戦した。
1627年には陸奥白河10万700石を与えられ、初代藩主として白河城を築いた。
晩年は徳川秀忠や徳川家光の御伽衆筆頭として重用された。
丹羽長正
上田重安

コメント†


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Last-modified: 2026-08-05 (水) 00:09:29