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鹿児島攻め (龍造寺家)

新納忠元(にいろただもと)†

新納01.jpg

レベル:数†

60:7

構成†

名前職業レベル初期付与使用技
新納忠元槍侍60▲薩摩鬼武蔵、四連撃・改、結界破り、大音声、活殺自在、全体看破・弐、蘇生・壱、守護術
新納忠尭刀忍者59▲五連撃、風遁の術・極、幻霧、朧の術、乱れ吹矢、沈黙の霧
新納忠増杖陰陽59▲術結界五雷法、太極陣、五芒陣、各種上位全体術、各種準備無し単体術、呪縛・参、結界・参
泉徳寺高僧薙刀僧58▲術結界完全回復、全体完全回復、僧兵連撃、紅蓮・参、五大明王法、因果応報、後光、愛染明王法
加紫久利巫女弓巫女58▲反射結界詠唱の韻・極、攻撃の韻・参、三貴神射儀、三連射、嵐撃・参、神の加護・参
泉徳寺門番鉄砲鍛冶58▲怒号・改、零距離射撃、三〜四段撃ち、仕掛け鎧・参、守護術
新納院草摘み薬58▲蘇生・壱、攻撃呪霧・四、治療・四、救護・参

生息地域†

鹿児島攻め (龍造寺家)・参

ドロップアイテム†

備考†

薩摩鬼武蔵
風槌付きの五連撃。妖術ダメージもたいしたことはなく盾が受ければ特に問題ない。

列伝†

新納忠元
技名の通り「鬼武蔵」と名高い島津家の宿将。先代・島津貴久から義久まで二代に仕えた。
「武勇鬼神の如し」とも、武功を指で数える際に第一になりやすいことから「太指武蔵」とも評される。
沖田畷の戦い、秀吉の九州征伐、朝鮮出兵、関ヶ原の戦い・西軍と、島津家が参加した主な合戦には必ず名を連ねている。

武勇のみならず風雅を知る武将とも遺されており、肥後水俣城での相良氏僧将犬童頼安との戦いでは、
忠元が「秋風に 水俣落つる木ノ葉哉」という句を矢文にして射掛けると頼安は「寄せては沈む 月の浦波」と詠んで射返したという逸話が残っている。
また、同じ風雅武将であった細川幽斎と共に宴会に臨席した際にも、忠元の白髭を上げて盃を呑み干す様を、
「鼻の下にて鈴虫ぞなく」と幽斎が詠めば「上髭を ちんちろりんとひねりあげ」と上の句を加えたという。
新納忠尭
1554-1583
島津家家臣。忠元の長男。父に従い各地を転戦する。天正10年(1582年)、肥後制圧のため忠元とともに肥後隈本に進出。翌年、肥前龍造寺氏との戦いにおいて深江城攻めに参加、戦死する。
新納忠増
島津家家臣。忠元の次男。兄忠堯が戦死すると、沖田畷の戦い、豊後侵攻、肥後内乱の平定に加わる。島津家が豊臣秀吉に降伏すると、人質として上洛した。朝鮮出兵、関ヶ原の戦いで活躍し、後に大隅山田の地頭に任命される

その他情報†


添付ファイル: file新納01.jpg [詳細]

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Last-modified: 2026-08-05 (水) 00:09:28