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相模武将一覧

風魔小太郎(フウマ コタロウ)†

レベル:数†

65:7

職業†

忍者

合戦配置†

先鋒

戦闘開始セリフ†

風魔開始1.jpg


風魔開始2.jpg


○○○○、また来たか。
あの無様な姿を今日もまた
さらしたいわけか!
ははは! 俺が風魔の忍を
束ねる小太郎様よ!
かかってきやがれ!
○○○○、覚えてるか?
忍は執念深いんだよ!
借りは返すぜ!

構成†

名前職業レベル初期付与使用技
風魔小太郎懐剣二刀忍者50風魔業火遁、残影二連・改、紫燕殺、奪命三連〜五連、無影一閃、瞬殺閃、神力両断・改、結界破り・荊、戦慄の黒荊、呪殺閃、乱れ吹矢、各種上遁術・弐、幻霧、小細工無用、全体看破・弐、霧散霧消、沈黙の霧・壱、武運長久、蘇生の秘薬、戦勝の理
北条玉縄衆刀侍45八箇必勝、三〜五連撃、四〜五連撃・改、破紋両断、抗術破り、一所懸命/極、全体看破、地勢看破、崩落の計、守護術
浅草寺僧懐剣僧45大日如来秘法、全体完全回復、僧兵連撃・改、閻魔撃・弐、双界法句、業火法輪、氷華法輪、破界、羅刹浄天・改、回復・四、全体回復・四、金剛力、後光、一喝、全体喝破、全体解呪、因果応報、罰当たり・参、霧散
伊豆衆新兵懐剣陰陽45黒道凶禍、雷滅等各種陰陽道全体術、渦雷等各種単体術、煉気掌、低速呪霧・四、暗黒呪霧・四、低速化・参、結界・参、金縛り、霧散、小細工無用
大宮博徒槍傾奇45詠唱の韻・極、〜龍閃、〜衝斬・弐、絢爛三連、各種槌舞、意気衝天・四、各種槌舞、蝸牛の謡、不治の謡、荒廃の謡、祓いの調、各種祭舞・参、全体看破〜弐
武蔵鍛冶刀鍛冶45三〜五連撃、迅速破砕撃、鎧の極み・改、怒号〜改、仕掛け鎧・参、守護術
武蔵野薬売り薙刀薬師45完全治療、全体完全治療、蘇生・壱、災禍の雷、凶風、治療・四、全体治療・四、救護・参、全体救護・弐、蛇紋孔〜弐、活身・四、般若験力、天狗法力、防御呪霧・四、攻撃呪霧・四、鬼門、全体解呪・弐

備考†

風魔業火遁
強力な火遁の術・極。

ドロップアイテム†

旧ドロップアイテム†

列伝†

風魔党、風魔忍軍は相模の箱根山・足柄山を里とする忍者軍団である。
その頭目は常に小太郎を称し、死後は別の頭領が小太郎の名を継いだ。そのため、「風魔小太郎」は複数人存在している。
初代小太郎は平将門に付き従った修験者・飯母呂石念の次男の小二郎であり、箱根山の風間(風祭)に住み着いたため「風魔」を名乗ったという。

初代小太郎が箱根に里を拓いた当時、関東は鎌倉幕府の有力御家人が豪族化しており、特に武蔵七党と呼ばれた武士団は互いの血で血を洗う内戦状態になっていた。
風魔忍軍も武蔵七党に与力しているのは確実で、そこで腕を磨いたため、伊賀・甲賀と並び称される風魔忍軍が完成したのである。
やがて後北条家に北条早雲が生まれ、相模一帯を統一することになった時、それに風魔党も付き従い、以後は北条家のお抱え忍軍となる。

風魔小太郎の容貌は常に伝説交じりに誇張されたため、北条家の家臣が執筆した北条五代記には五代目小太郎を

丈七尺二寸(約218cm)、手足の筋骨は荒々しくここかしこにむら有て、眼は逆さまに裂け、
黒髭で、口は両脇へ広く裂け牙を四本外へ出している。頭は福禄寿に似て鼻が高い。
声を高く出せば五十町(5.5km)に聞こえ、低く出せば、しわがれた声でかすかである

と表現している。このように北条家でも小太郎の身元を隠したため、風魔小太郎の実際の容貌や風魔党の実態については信憑性のない資料しか残っていない。

その風魔党は情報収集のほかに「放火」「軍馬を召し放つ」「海賊や山賊に扮して奇襲する」「兵士に成りすます」といったゲリラ戦を得意としており、敵を大いに悩ませた。川越夜戦や、武田勝頼との戦いでその記録が残っている。また、太田勢との戦いでの伝令兵を殺したり、伊賀甲賀忍軍と争うなど、北条五代の影の部分を支えていた。

北条氏が滅亡して徳川幕府が江戸城を開くと、風魔党200人は食いぶちを稼ぐため、その忍術を駆使して大いに荒らしまわったという。これに対し徳川は懸賞金をつけて風魔狩りに尽力する。
1603年、遺恨のあった甲州忍者高坂甚内の密告により、または風魔党の凋落ぶりに耐えられなくなった者の密告により、小太郎は隠れ家を暴かれて獄に繋がれた。このときの小太郎は5代目であったといわれる。

また風魔党の一部は色里(遊郭)である吉原の元締めとなり、その忍術と忍者独特の規律により巨額の財産を築いたという。

その他情報†


添付ファイル: file風魔開始2.jpg [詳細] file風魔開始1.jpg [詳細]

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Last-modified: 2026-08-05 (水) 00:09:29