松本景繁 の差分
(作成時) → 版 11114(2026-10-04 11:41、旧寄合所ミラーから引き継ぎ)
+ [[廃止NPC一覧]]
+ [[上杉家]]
+ *&ruby(マツモト カゲシゲ){松本景繁}; [#o2955a29]
+
+ **レベル:数 [#kccdd0f9]
+ 50:7
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+ **職業 [#a3bb26a8]
+ 侍
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+ **戦闘開始時セリフ [#j12024ae]
+ なし
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+ **構成 [#h7bbc724]
+ |>|>|CENTER:|||c
+ |~名前|~職業|~レベル|~初期付与|~使用技|
+ |松本景繁|槍侍|50||n連撃・改、[[蘇生・壱]]、[[一所懸命・改]]、[[真剣勝負]]|
+ |担猿くノ一|忍者|45||[[蘇生・壱]]|
+ |越後僧兵|僧|45|||
+ |越後陰陽師|陰陽|45||[[轟雷]]等各種陰陽道全体術、[[雷斧]]等各種準備無し属性単体術、[[太極陣]]|
+ |北信濃巫女隊|懐剣巫女|45||[[詠唱の韻・極]]|
+ |力士衆見習い|刀鍛冶|45||n連撃・改、[[怒号]]|
+ |南越後薬師|薬師|45||[[蘇生・壱]]|
+
+ **ドロップアイテム [#y76562e9]
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+ **特徴 [#k48595e8]
+
+ **列伝 [#r20497b1]
+ 石見守。生年は不明。~
+ [[越後]]の国人であり[[上杉謙信]]の旗本でもあったほか、奉行人でもある。
+
+ 第4次[[川中島]]合戦に参戦したという武将の一人でニ十八将の一人に数えられる。~
+ 越後国三島郡小木城(小木ノ城、小萩とも)主であるがどういう経緯で城主となったかは不明。~
+ もともとこの城は小木氏の居城であり、松本が入ったのは謙信の代である。また、彼の後は雲上寺忠経という人物に城主は移行している。その後は松本忠範という人に城主が移っているが、この人物と松本景繁の関係はよくわからない。
+
+ 1565年には[[上野]]沼田城に守将として入ったのがわかっているほか、1569年に締結された相越同盟では、その成立に活躍したとされる。どうやら[[北条>北条家]]側と[[上杉>上杉家]]側の仲介を行っていたようである。~
+ このとき北条家は[[北条氏照]]、[[北条氏邦]]の2人が別個に交渉していたが、彼は氏邦側の交渉を受け持ち、[[河田重親>河田長親]]、小中家成といったほかの沼田城将とともに行ったようである。~
+ 1570年にあった[[上杉景虎]]の養子縁組のさいの交渉役も勤めたようである。~
+ 没年は不明。
+
+ 彼は名前からわかるとおり、景の字を得た上杉家家臣である。しかし、足跡ははっきりしているものの、いまひとつ実像ははっきりしない。~
+ 二十八将によれば、彼は第4次川中島の武功により謙信より感状を送られているという。~
+ しかしその後の足跡は武官というよりは文官よりであるし、その後の武功は特に伝わらない。~
+ また、生没年、前半生など不明な点が多く、今後の資料探索が鍵を握っている。
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+ **その他情報 [#y2f45171]
+ #comment
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