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上杉憲政

上野武将

上杉憲政

レベル:数

75:7

職業

陰陽師

配置

後陣武将

戦闘開始時セリフ

  • 東西戦専用セリフ
上杉憲政東西1の画像

構成

名前職業レベル初期付与使用技
上杉憲政刀陰陽60▲結界関東管領の威、百雷等全体術、渦雷・弐等単体術、凶風・四、虚空、雷の法剣、沈黙の霧・壱、蘇生の秘薬
長尾憲景刀陰陽55結界星辰法、渦雷等単体術、柳宿砕破、凶方無卦、低速呪霧・四
長尾当長僧55反射結界完全回復、八葉の蓮華
桐生助綱侍55守護術
長尾憲長弓神主55詠唱の韻・極、神代の矢、三連射・改、神代の風・弐、神技招雷・改、不変の唄・弐、速攻の韻
長尾顕長薬師55再生
透波中忍精鋭懐剣忍者55

ドロップアイテム

特徴

関東管領の威
敵全体に消費気合を増加させる▼をつける。100%UPの2倍になる。

武将列伝

上杉憲政(うえすぎのりまさ)

1523-1579
山内上杉家20代当主。第26代関東管領。憲房の嫡男。
父が死んだ時、わずか3歳だったので、憲房の養子・足利晴直(足利義氏の叔父)が家督を継ぎ、上杉憲寛と名乗った。
しかし、9歳で憲寛を追放し、関東管領に就任した。
武田晴信・北条氏康の上州侵攻により居城・平井城を捨て、越後に落ち延びた。
1561年、長尾景虎に山内上杉家の家督を譲り、上杉政虎と名乗らせた。
1579年、御館の乱の時、上杉景虎方に味方するも和睦交渉に赴く途上で殺害された。

長尾憲景(ながおのりかげ)

1511-1583
山内上杉家臣。惣社長尾家の出身。顕景の子。
白井長尾家当主・景誠(山内上杉家に約40年間も反抗を続けた長尾景春の孫)が殺されたため、その遺跡を継いだ。

長尾当長(ながおまさなが)

1527-1569
足利長尾家当主。憲長の嫡男。
山内上杉家に仕えた。主君・上杉憲当(憲政)の偏諱を受けて「当長」を名乗った。
由良成繁とともに上杉・北条両家の仲介に活躍した。

桐生助綱(きりゅうすけつな)

1512-1570
桐生家13代当主。真綱の子。
戦国期桐生家の最盛期に導く。
1560年、長尾景虎の関東出馬の時はこれに応じた。
そして、近衛前嗣、上杉憲政の警固にあたり、十分にもてなすことができた。
この事実は助綱が文武に長けた名将であることを示している。

長尾憲長(ながおのりなが)

1503-1550
足利長尾家当主。景長の嫡男。
関東管領・山内上杉家に仕え、家宰を務めた。
足利高基の子・亀王丸(晴氏)が元服する際は、将軍・足利義晴からの一字拝領を依頼した。

長尾顕長(ながおあきなが)

?-1611
足利長尾家当主。由良成繁の子。
長尾当長の娘を娶り、家督を継いだ。豊臣秀吉の小田原の役に際しては北条家に従った。
北条家滅亡後は流浪の身となった。

その他情報

最終更新: 2026-10-04 11:41(旧寄合所ミラーから引き継ぎ) / このページの貢献者

元の文章: 旧寄合所ミラーの「上杉憲政」(2026-10-04 11:41 に引き継ぎ)をもとにしています。

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