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猪俣邦憲

【武蔵武将】

猪俣邦憲(イノマタ クニノリ)

レベル:数

65:7

職業

侍

配置

先陣武将

戦闘開始時セリフ

構成

特徴

ドロップアイテム

備考

  • 争覇変更済み
  • 6/11武将強化未修正

列伝

北条氏邦家臣。助盛。範直。富永氏出身とされるが、鎌倉時代の御家人である猪俣小平六の子孫という説もある。出生は1549年ごろと思われるも不明。

彼については北条家直臣(北条氏康など当主の家臣)ではないために資料は非常にすくない。しかしながら彼が先方になるほど有名になったのはあるひとつの事件を起こしたからである。

1587年、天下人豊臣秀吉は惣無事令を発する。これは諸大名間の戦争行為を禁止するものであった。
彼は同年に上野の箕輪城に城代として入城する。

1589年、真田家との間で領土問題が起き、このときは板部岡江雪斎が使者として秀吉のもとに赴き、このときは沼田城は北条家、名胡桃城は真田家の領土とすることが決定された。彼は沼田城代となりこちらに移動する。

しかし同年、彼は真田家の領土となっていた名胡桃城に侵攻、これを陥落させてしまう。これは彼の独断ではなく、どうやら北条氏政(このころすでに当主は譲っていたが実権は所有していた)が命を出したようである。近年こちらの説が有力となっている。
これを発端に1590年、秀吉は小田原の役を開始する。

そして同年、北条家は滅亡。猪俣は小田原開城後に磔にされ処刑された。

その他情報

最終更新: 2026-10-04 11:41(旧寄合所ミラーから引き継ぎ) / このページの貢献者

元の文章: 旧寄合所ミラーの「猪俣邦憲」(2026-10-04 11:41 に引き継ぎ)をもとにしています。

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