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笠原綱信

相模武将一覧

笠原綱信(カサハラ ツナノブ)

レベル:数

75:7

職業

僧

合戦配置

後詰

戦闘開始セリフ

笠原綱信:笠原開始1


笠原綱信:笠原開始2


○○○と申すのか。
五色備えの白光の力!
見せてくれよう!


構成

名前職業レベル初期付与使用技
笠原綱信薙刀僧60▲反射結界五色備の白光、鉢特摩呪・弐、沈黙の霧・壱、蘇生の秘薬
相模鍛冶鉄砲鍛冶55守護術
乱波中忍懐剣二刀忍者55
伊豆衆精鋭懐剣陰陽55結界
川越衆旗持槍傾奇55詠唱の韻・極
北条豪勇侍槍侍55守護術
箱根山山伏錫杖薬師55再生

備考

  • 撃破すると対応する四天王・後詰武将を弱体
  • 対応する後詰副将・後詰武将撃破で弱体

特徴

  • 五色備の白光:全体に1000程度のダメージ(800〜1500を確認)+全体破界 の準備無し攻撃術

ドロップアイテム

列伝

笠原美作守と同一人物か?生没年は不明。

北条家に仕えた笠原氏は二流あり、笠原信為をはじめとする伊勢宗瑞(北条早雲)とともに駿河下向に従った一族と、伊豆の国人といわれる笠原氏である。
綱信は後者のほうであり、相模西郡多古や伊豆矢田など約447貫を知行していた。伊豆の南側を主に知行していた清水氏や富永氏とは違い、伊豆北部を抑えていた家である。
綱信は評定衆に列せられ、また、伊豆衆に列せられていた。彼の資料として多いのは清水綱吉や清水康英といった清水氏と連判でだしている訴訟の裁きである。綱吉との連判は1532年の書状が今に残る。
五家老の一人でもあったようで、それぞれが率いる五色備えの白を率いていたようである(五家老はいずれも北条氏綱から氏康初期の北条家臣が任ぜられていたようである)。

彼の没年は不明であるが、その後笠原家は松田憲秀の子である笠原政堯が1575年に継いでいるようである。

資料からみるに北条家初期の人物であるがこの時代の家臣は資料がすくなく実像は不明な点が多い。ほかの人物との接点から考えるに1575年ごろまでは生きていたようであり、長寿だったようである。または家督を継いだのが十〜二十代という若いときだったのかもしれない。いずれにせよ実像は資料が少なく霧の中である。

その他情報

最終更新: 2026-10-04 11:41(旧寄合所ミラーから引き継ぎ) / このページの貢献者

元の文章: 旧寄合所ミラーの「笠原綱信」(2026-10-04 11:41 に引き継ぎ)をもとにしています。

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