島津義弘 の差分

(作成時) → 版 8098(2026-10-04 11:41、旧寄合所ミラーから引き継ぎ)

+ 【[[九州三国志]]】~
+ 【[[島津家]]】
+ 
+ *&ruby(しまづ よしひろ){島津義弘}; [#gaa191a4]
+ 
+ **レベル:数 [#b3af7767]
+ 65:5 [[耳川の合戦・五 (大友家)>耳川の合戦 (大友家)]]~
+ 68:5 [[鹿児島攻め・四(龍造寺家)>鹿児島攻め (龍造寺家)]]~
+ 金枠
+ 
+ **構成 [#ne4eff14]
+ |>|>|CENTER:|||c
+ |~名前|~外見(種族)|~レベル|~初期状態|~使用技能|
+ |島津義弘|島津義弘(侍)|65/68-70|特殊状態&br;行動不能耐性([[城攻め>鹿児島攻め (龍造寺家)]]のみ)|''捨がまり・壱〜四''、''鬼神疾駆''、''血槍の煌き''、''黒風''、[[武運長久]]、[[戦勝の理]]、闘魂術|
+ |島津豊久|槍侍|64/67||''最期の時''、[[五連撃・改]]、[[我武者羅・改]]、[[一所懸命・極]]、[[真剣勝負]]、[[崩落の計]]、守護術|
+ |中馬重方|鉄砲侍|64/67||[[零距離射撃]]、[[三段撃ち]]、[[狙撃]]、[[我武者羅・改]]、[[籠絡の計]]、[[全体看破]]、[[地勢看破]]|
+ |木脇祐昌|二刀侍|64/67||[[五連撃・改]]、[[我武者羅・改]]、[[一所懸命・極]]、[[活殺自在]]、守護術、鎧通し|
+ |くぐり衆中忍|一刀忍者|63/66||[[五連撃]]、[[瞬殺閃]]、[[結界破り・改]]、[[神力両断・改]]、[[乱れ吹矢]]、各種[[遁術・極>土遁の術・極]]、、[[朧の術]][[沈黙の霧・壱]]、[[四連撃]]、[[暗殺乱舞]]|
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+ **特徴 [#ae9dd81b]
+ :捨がまり・壱〜四|お供が1人死亡するたびに入力。壱〜四に応じて自身の特殊状態を上書きする。~
+ 与ダメージ上昇効果は、捨がまり・壱〜四の状態に応じて、120%-150%-175%-250%。~
+ 被ダメージ低下効果は、捨がまり・壱〜参の状態に応じて、80%-60%-40%。~
+ 野戦時のみ、捨がまり・参、四で行動不能耐性が付与。~
+ お供が同時に倒れた場合は、その人数に応じた一番効果の高いものを使用する。
+ :黒風|強力な単体物理攻撃。
+ :血槍の煌き|生命が多い順五体に術攻撃+[[破界]]。基本ダメージは1500前後、術結界で軽減可。~
+ 戦闘開始から5分毎に最大6回まで使用する。~
+ 行動不能や気合削りなどで1回目を7分頃に使用しても、条件が揃っていれば2回目を10分後に使用する。~
+ 残り生命が少なくなると条件に関係なく連発することがある。~
+ 消費気合は気合ゲージの約1/5。気合を削っておくと条件を満たしても他の技能が優先される。
+ :鬼神疾駆|敵単体に守護抜け近接物理攻撃を行った後、全体間接攻撃を行う。~
+ 自身の生命が99%、70%、45%、20%を切るたびに使用する。(合計4回)~
+ 一気に生命を削ってしまうと、連続で使用してくる。~
+ :最期の時|自身の生命が40〜50%を切ると一度のみ使用する強力な[[一所懸命]]。付与される&color(blue){▲};もかなり強力。
+ -[[城攻め>鹿児島攻め (龍造寺家)]]時では義弘戦の前の副将二体を同時に撃破しないと、敵のレベルが+2になる。~
+ ※[[島津義弘]]と戦う前に、[[島津義弘]]から、[[伊勢貞成]]・[[新納旅庵]]を「同時に」倒せと言われるが、「同時」の意味が定かではない。~
+ なお、現在では、[[伊勢貞成]]・[[新納旅庵]]を一徒党ごと順番に倒しても、[[島津義弘]]のレベルは、Lv.68である。~
+ (戦闘終了後には「獲得一覧」において、獲得[[アイテム]]を「確定」する必要があるため、「同時」に倒すことは、仕様上、不可能ではないかと考えられる。)~
+ -1は人型判定ではないため、お供に守護はされない。
+ -4は600前後の鎧通しがあるため、早めに倒したい
+ 
+ **生息地域 [#gb01a7c4]
+ -[[耳川>耳川の合戦 (大友家)]]
+ -[[鹿児島城>鹿児島攻め (龍造寺家)]]
+ 
+ **ドロップアイテム [#yfa45b46]
+ -[[血染め鬼紋帯]]
+ -[[黒鬼号]]
+ -[[薩摩魂直伝書]]
+ -[[西国鎮護の印]]
+ 
+ **戦国絵巻 [#va270c87]
+ ・耳川
+  島津義久の弟。耳川の合戦、阿蘇家攻め
+  などで活躍。豊臣秀吉の遠征を受けた際
+  には抗戦を続けたが、兄の説得を受けて
+  降伏。関ヶ原の敵中突破で有名。
+ ・鹿児島城
+  兄に代わり島津家の戦を率い、多くの家
+  臣に慕われた。関ヶ原では甥の豊久や、
+  家老長寿院盛淳が身代わりとなり戦死。
+  死去に際し13人の家臣が殉死した。
+ 
+ **備考 [#i6886f07]
+ お馬にまたがり戦闘する[[島津義弘]]。戦闘中に何かを呟いているのだが、声(音)がこもっており、何を話しているのかはハッキリと聞き取ることは困難である。~
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+ **列伝 [#b6d236e5]
+ :島津義弘|島津家第16代当主・島津義久の弟。「鬼島津」と称される。[[関ヶ原の戦い>関ヶ原の陣]]での敵中突破は有名で、「島津の退き口」と呼ばれ天下に名を轟かせた。後に維新斎と号す。
+ :島津豊久|島津義久・義弘の弟・家久の子。初陣は沖田畷の戦い。[[関ヶ原の戦い>関ヶ原の陣]]での敵中突破で叔父・義弘の身代わりとなり戦死した。
+ :中馬重方|中馬大蔵の子。大男で、戦で余多の人を斬るも、自身は傷を全く負わなかったという。三州一の大力で、強弓の射手とも言われた。
+ :木脇祐昌|木脇祐定の嫡子。島津義弘に仕えた。花山城の城主になるも阿蘇家の甲斐親直に攻められ、討死した。
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+ **その他情報 [#m8bfb862]
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