榊原康政 の差分

(作成時) → 版 11576(2026-10-04 11:41、旧寄合所ミラーから引き継ぎ)

+ [[徳川家]]~
+ [[三河武将一覧]]
+ *&ruby(さかきばらやすまさ){榊原康政}; [#sd062360]
+ 
+ **レベル:数 [#p9677503]
+ 80:7
+ 
+ **職業 [#a2cbc51b]
+ 侍
+ 
+ **防衛陣 [#d5b61553]
+ 本陣
+ 
+ **戦闘開始時セリフ [#zbaab58e]
+  我こそは徳川四天王が一人
+  榊原小平太!
+  お主の首! もらった!
+ 
+ **構成 [#kc4c2b3f]
+ |>|>|CENTER:|||c
+ |~名前|~職業|~レベル|~初期付与|~使用技|
+ |榊原康政|侍|65||[[無印槍撃]]、[[一所懸命・極]]、[[竜跳虎臥・改]]、[[沈黙の霧・壱]]、[[蘇生の秘薬]]、[[鎧通し]]、守護術|
+ |服部党練達|刀忍者|60||[[全体看破・弐]]|
+ |大樹寺高僧|棍棒僧|60|反射結界|[[僧兵連撃・改]]、[[八葉の蓮華]]、[[完全回復]]、[[全体完全回復]]、[[金剛力]]、[[大日如来秘法]]、[[仏の加護・参]]、[[罰当たり・参]]|
+ |徳川方士隊|懐剣陰陽|60|結界||
+ |榊原忠政|弓神主|60||[[詠唱の韻・極]]、[[子守歌]]|
+ |岡崎鍛冶衆|鉄砲鍛冶|60||守護術|
+ |三河製茶人|槍薬師|60|再生||
+ 
+ **特徴 [#z764d425]
+ -倒すと[[本多正信]]の陣を弱体化~
+ -対応する後詰大将を倒すと弱体化~
+ -[[無印槍撃]]:[[本多忠勝]]の[[天下無双撃]]と双璧をなす超強力な5連撃~
+ 全段命中してしまうと[[鎧の極み]]を使用している鍛冶ですら即死させるほどの威力をもつ。
+ 
+ **ドロップ [#v6ee53ae]
+ -[[笹穂の槍]]
+ -[[竜浪蒔絵黒糸威鎧]]
+ -[[黄金太刀立物]]
+ 
+ **部隊アイテム [#xad68297]
+ -[[黒太刀立物]]
+ 
+ **旧部隊アイテム [#r0869068]
+ -[[無一文字槍]]
+ 
+ **列伝[#v6ee53ae]
+ :榊原康政|
+ 榊原長政の二男。最初、小平太と名乗っていたが、初陣となった[[三河一向一揆>一向宗の屋敷]]との戦いで功を挙げ、[[家康>徳川家康]]の康の字をもらい康政と名乗る。~
+ ~
+ 1570年[[姉川]]の合戦の際、[[家康>徳川家康]]の下知を受けた康政は本陣を離脱し、[[姉川]]の下流から迂回し、突如として[[朝倉>朝倉家]]軍の右側より横撃。~
+ これによって[[朝倉>朝倉家]]軍は崩壊し、余勢をかって[[織田>織田家]]軍を助勢し勝利へと結びつけた。~
+ ~
+ [[家康>徳川家康]]の関東移封に伴い[[上野]]・館林10万石を拝領。~
+ 1600年の[[関ヶ原合戦>関ヶ原の陣]]は、秀忠軍に同行したため参加していない。~
+ 戦後、秀忠の遅参を許さなかった[[家康>徳川家康]]の怒りを解いたのも康政であったと伝えられている。~
+ ~
+ 以後、老中職に就くのだが、「老臣権を争うは亡国の兆しなり」と言い切り、政治に関しては次世代の[[本多正信]]や[[大久保忠隣>大久保忠世]]に任せていたと言われている。 ~
+ 1606年、館林にて病に倒れる。~
+ 二代将軍秀忠も医師を派遣したが快方には向かわず、5月14日病没す。~
+ 享年59歳。~
+ 
+ :榊原忠政|
+ 
+ **その他情報 [#p783253a]
+ - 1s入れ続ければなんの脅威もない武将 --  &new{2011-02-23 (水) 07:23:35};
+ - ずれている… -- [[007]] &new{2011-10-04 (火) 01:24:50};
+ - 2に蘇生はなくなり僧に蘇生追加 --  &new{2011-10-05 (水) 05:51:58};
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+ #comment
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