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佐竹義重

【独眼竜の野望】
【関ヶ原の陣】

佐竹義重(さたけ よししげ)

レベル:数

74:7

家紋

佐竹

構成

敵構成

名前職業レベル初期付与使用技
佐竹義重一刀侍74不動鬼義重居合斬、蘇生・壱、天地二段・改、八箇必勝、肋一寸、一所懸命・極、武運長久、沈黙の霧・壱、戦雲の魁、一刀流、闘魂術、守護術
佐竹義政一刀侍69▲▲佐竹流軍学、八箇必勝、一所懸命・極、全体看破、反撃術、一刀流、守護術
真壁氏幹棍棒鍛冶69▲霞流烈震撃、徹甲拳、刀の至り、闘魂術
和田昭為弓神主69▲▲▲▲詠唱の韻・極、神代の矢、点破・弐、三連射、神雷、神風、剛神和魂、各種韻・参、気合の韻・四、子守歌、神の加護・参
窪田十郎懐剣二刀忍者69▲▲三連撃・改、瞬殺閃、神力両断・改、暗殺乱舞、乱れ吹矢、各種遁術・極、全体看破、闘魂術
佐竹義憲槍傾奇69▲詠唱の韻・極、各種龍閃/改/極、絢爛三連、各種槌舞、蝸牛の謡、激戦の謡・参、向風の謡・参、反撃封じ
岡本顕逸薙刀僧69反射結界全体完全回復、完全回復、大日如来秘法、全体回復・四、回復・四、僧兵連撃・改、閻魔撃・弐、諸法無我、氷華法輪、業火法輪、後光、全体解呪・弐、全体喝破、罰当たり・参、反撃術

味方構成

特徴

霞流烈震撃
強力な烈震撃。相手の状態に関わらず1500前後のダメージを与える。軍学によって威力が上昇する。~


九死の殿
必ず成功する全体釣り。非常に堅い旗頭が行うので、良くも悪くもある。
  • 鬼庭左月斎と共闘する。岩城常隆側が敗北すると戦闘強制終了。
  • PC3人にNPC4人を加えた徒党で戦闘する。
    • 旗頭は左月斎。御歳72歳である。
    • 隊列は無効
  • 5分ごとに以下の2つの技能が使用される。2の行動を阻害しない場合、軍学の後に居合斬が発動する。
鬼義重居合斬
敵全体に強力な間接攻撃を行う。軍学抜きで1800〜2000、軍学込みで〜4200の威力。結界や極みなどでダメージ軽減可能。
佐竹流軍学
味方全体に一定時間与ダメージ・被ダメージを上昇させる特殊状態を付与する。
  • 3は霞流烈震撃を多用するが、時々刀の至りや徹甲拳も使用する。徹甲拳は通常で5000〜6000程、瀕死中や軍学や至り▲つきで1万程度貰うため注意
  • 常隆側と違い、左月斎・宗実と非常に堅いNPCが居るためか、敵もそれに合わせた火力を有する。~

このため、いかに敵の猛攻ををNPC側へ受け流しつつ受けた被害を回復し、その間に唯一の回復術使いである7、詠唱韻をつける46を早期に倒せるかが勝負となる。

    • ただし味方側の僧と薬師はあまり強くなく、攻撃が漏れると容易に地に伏す。
  • 味方の僧・薬師は詠唱付与がないと僧兵連撃や禍因の風、救護を多用する。詠唱付与がつくと回復行動も織り交ぜてくる。
    • 全体蓮華・全体治癒で鬼庭左月斎が5000前後回復。回復量は十分な反面、ピンチになると脇目も振らずに準備するためしっかり釣っておきたい。
  • 闘魂術・守護術を持つNPCが多く、1さえ倒せば作業の岩城側に比べて油断できない。特に堅い敵が多いため、7の完全を通すと大変なことになる。

出現地域

ドロップアイテム

関連クエスト

戦国絵巻

佐竹氏第18代当主。常陸国のほぼ全土を掌握し、
結城(白河)家を屈服させるなど、佐竹氏の全盛期を作り出した。
「鬼義重」の異名をとる。 

列伝

佐竹義重(さたけ よししげ)
1547-1612 常陸の戦国大名。佐竹義宣、蘆名義広、岩城貞隆の父。「板東太郎」「鬼義重」の異名で恐れられた。~

関東の覇権を巡り、北条氏政と対立、その攻撃を退けている。婚姻関係を軸にして同盟を結び、北条、伊達という二大勢力を相手に二つの包囲網をほぼ同時に作る事によって対抗した。
1585年、二本松畠山氏救援の名目で伊達政宗と戦う(人取橋の戦い)。戦いを有利に進めるが、常陸で不穏な動きがあったため撤退した。
1590年、豊臣秀吉の小田原の役では、石田三成の武蔵忍城攻めに加わる。
関ヶ原の戦いではどちらにもつかず、戦後、出羽に移封された。

佐竹義政
小野崎義昌。佐竹義重の叔父。義重に従い各地を転戦する。~

人取橋の戦いの際、下僕に刺殺され、義重撤退の要因の一つとなったとされる。

真壁氏幹(まかべ うじもと)
1550-1622 佐竹氏の家臣。霞流棒術の祖。~

三丈の棒を自在に振り回す事から「鬼真壁」の異名をもち、佐竹氏の主要な合戦のほとんどに参加した。
剣術の師匠は塚原卜伝であると言われ、同門の斎藤伝鬼房と腕を競い合ったとされる。

和田昭為(わだ あきため)
1532-1618 佐竹家臣。主に行政面で活躍した。
窪田十郎
磐城南部の国人。人取橋の戦いにおいて鬼庭左月斎を討ち取ったとされる。~

後に鬼庭綱元の家臣となり5000石を領したという。

佐竹義憲(さたけ よしのり)
1570-没年不詳 佐竹氏の一族。奥州方面の軍権を任されたという。
岡本顕逸(おかもと けんいつ)
生没年不詳 佐竹家臣。岡本禅哲の子。主に外交面で活躍した。
鬼庭左月斎
鬼庭左月斎参照。
鬼庭綱元
鬼庭左月斎参照。
白石宗実(しろいし むねざね)
1553-1599 伊達家臣。人取橋の戦い、摺上原の戦い、文禄の役などで武功を挙げた。
大林坊俊海(だいりんぼうしゅんかい)
1567?-没年不詳 元は修験者であったが、伊達政宗に仕え、黒脛巾組の忍者として活躍した。~

人取橋の戦いでは、佐竹氏や蘆名氏の軍へ潜入し、流言飛語を用いて撤退させることに成功したなどの逸話が残されている。

その他情報

最終更新: 2026-10-04 11:41(旧寄合所ミラーから引き継ぎ) / このページの貢献者

元の文章: 旧寄合所ミラーの「佐竹義重」(2026-10-04 11:41 に引き継ぎ)をもとにしています。

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