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山内一豊(小田原)

【独眼竜の野望】
【小田原の陣】

山内一豊(やまうち かずとよ)

レベル:数

67:5

家紋

豊臣

戦闘開始時セリフ

千代!
勝って帰るからな!

構成

名前職業レベル初期付与使用技
山内一豊薙刀薬師67▲▲▲▲難治撃、瞬雷、凶風、武運長久、沈黙の霧・壱
市川信定弓侍65▲▲一所懸命・極、乱れ撃ち・参、全体看破、守護術
五藤為重一刀忍者65▲五連撃、破紋両断、各種遁術・極
祖父江一秀杖陰陽65▲轟雷等各種全体術、黒道凶禍、結界・参
寺村重友杖僧65反射結界全体完全回復、完全回復、回復・四、僧兵連撃・改、凍気法輪

生息地域

ドロップアイテム

備考

列伝

山内一豊
山内一豊参照
市川信定(いちかわ のぶさだ)
生没年不詳 山内一豊家臣。若狭国の土豪出身で、一豊の長浜城主時代に仕えはじめた。火矢の名手であり、小田原の陣などで活躍した。~

関ヶ原の戦いの直前には、見性院(千代)を人質に取ろうとした石田三成への使者として派遣されている。

五藤為重(ごとう ためしげ)
1558-1629 山内家家老。一豊の出陣するほとんどの合戦に従い、各地を転戦した。~

1585年の天正大地震の際には、長浜城にいた見性院を救出している。

祖父江一秀(そふえ かつひで)
生没年不詳 山内一豊家臣。父は浅井氏や豊臣秀次の家臣。父が没すると、母の再婚先である祖父江家の家督を継いだ。~

一豊が土佐藩主となると1000石を知行。大坂冬の陣では土佐にとどまり、長宗我部遺臣の反乱を鎮圧し、首領奥宮伝兵衛を磔とした。

寺村重友(てらむら しげとも)
1540-1615 近江出身。羽柴秀吉、次いで山内一豊に仕えた。~

一豊の家老・中老として活躍し、1600年の上杉景勝征伐の際には留守居役となった。

コメント

  • 酒井忠次の近くにいました -- &new{2011-05-15 (日) 08:40:29};
  • 三成撃破でPOPする模様 -- &new{2011-05-18 (水) 10:02:18};
  • 先陣武将クラス。証は無し。 -- &new{2011-05-21 (土) 01:25:18};

最終更新: 2026-10-04 11:41(旧寄合所ミラーから引き継ぎ) / このページの貢献者

元の文章: 旧寄合所ミラーの「山内一豊(小田原)」(2026-10-04 11:41 に引き継ぎ)をもとにしています。

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