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平塚為広

【独眼竜の野望】
【関ヶ原の陣】

平塚為広(ひらつか ためひろ)

レベル:数

68:5

家紋

西軍

戦闘開始時セリフ

戦となったからには、
もはや迷いなし!
豊家の敵は斬り捨てるのみ!

構成

名前職業レベル初期付与使用技
平塚為広薙刀侍68八箇必勝、肋一寸、五連撃・改、一所懸命・極、武運長久、闘魂術
平塚久賀二刀侍63八箇必勝、肋一寸、四連撃・改、剣風斬、全体看破、反計、気合削り、確率痺れ
平塚庄兵衛薙刀薬師63▲禍因の風、刹雷、蘇生・壱、完全治療、全体完全治療、全体治療・四、全体救護・弐、黒呪の霧、裏鬼門、蛇紋孔・弐、般若験力、全体解呪・弐
戸田勝成槍侍63▲一所懸命・極、八箇必勝、全体看破、崩落の計、反撃術。守護術
戸田内記杖陰陽63▲結界黒道凶禍、轟雷等各種陰陽道全体術、雷斧等各種準備無し属性単体術、金縛り、小細工無用

特徴

  • 12は守護無しの模様。

生息地域

ドロップアイテム

列伝

平塚為広(ひらつか ためひろ)
生年不詳-1600 はじめ明智光秀に仕え、後に豊臣秀吉の馬廻となり、小牧・長久手の戦いや小田原の役で武功をあげた。~

関ヶ原の戦いの前には大谷吉継と共に石田三成を諫言したが聞き入れられず、吉継と共に西軍に与することとなる。本戦では吉継隊に属し、小早川秀秋隊相手に奮戦し、数度撃退したが脇坂安治らの裏切りもあり、壊滅状態に陥いる。なおも孤軍奮闘したが小川祐忠隊に討たれた。
子孫は小説『鬼平犯科帳』に長谷川平蔵の旧友として登場する平塚為善の他、女性運動家の平塚らいてうも彼の末裔といわれている。

平塚久賀(ひらつか ひさよし/きゅうが)
平塚為広の弟。石田三成家臣。~

関ヶ原の戦いでは西軍に与し、石田隊壊滅後は生け捕りとなるが、戦後釈放される。その後、大坂の陣では豊臣方として参戦したともいわれるが、詳細は不明。

平塚庄兵衛
平塚為広の子。関ヶ原の戦いで父と共に討死。
戸田勝成
丹羽長秀参照
戸田内記(とだ ないき)
生年不詳-1600 戸田勝成の子。石田三成家臣。~

関ヶ原の戦いでは父と共に大谷吉継隊に属し奮戦するが、織田有楽斎の子・長孝に討たれた。

コメント

  • 3薬師の黒呪が多く、盾が一気に崩されることも。 -- ぢつにんさん &new{2012-11-11 (日) 14:06:57};

最終更新: 2026-10-04 11:41(旧寄合所ミラーから引き継ぎ) / このページの貢献者

元の文章: 旧寄合所ミラーの「平塚為広」(2026-10-04 11:41 に引き継ぎ)をもとにしています。

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