寄合所・新 ページは、誰でも編集できます(ログイン不要)。内容はコミュニティ記録で、公式情報や公式確認済みの情報ではありません。
蒲生郷舎
蒲生郷舎
レベル:数
72:5
家紋
西軍
戦闘開始時セリフ
あくまで狙うは家康の首! お主らごときに、いつまでも かかずらわっておられぬ!
構成
| 名前 | 職業 | レベル | 初期付与 | 使用技 |
|---|---|---|---|---|
| 蒲生郷舎 | 槍僧 | 72 | ▲ | 紫電一閃、焦熱呪〜弐、鉢特摩呪〜弐、天部光輪・弐、飛天発遣撃、閻魔撃・弐、僧兵連撃・改、阿修羅槍、罰当たり・参、沈黙の霧・壱、蘇生・壱 |
| 蒲生頼郷 | 槍侍 | 67 | ▲▲ | 八箇必勝、五連撃・改、一所懸命・極、崩落の計、全体看破〜弐、沈黙の霧・壱、守護術 |
| 蒲生大膳 | 槍傾奇 | 67 | 詠唱の韻・極、各種龍閃/改、各種槌舞、意気衝天・四、激戦の謡・参、祓いの調、矛無しの睨み、全体看破 | |
| 蒲生将監 | 懐剣二刀忍者 | 67 | ▲▲ | 赤烏、暗殺乱舞、瞬殺閃、無影一閃、結界破り・改、神力両断・改、五連撃、結界破り・裏、各種遁術・極、全体看破・弐、全体看破、沈黙の霧・壱 |
| 北川平左衛門 | 刀忍者 | 67 | ▲▲ |
特徴
- 1の戦闘力が非常に高く、紫電一閃や飛天発遣撃が後衛に漏れると8000以上のダメージになる。焦熱呪や鉢特摩呪の弐も素では合計4000↑にもなるため、抗術結界を維持できる体制を整えたい。
- 45の攻撃力も高く、また看破や結界破り・改を駆使するため非常に鬱陶しい。
生息地域
ドロップアイテム
列伝
- 蒲生郷舎(がもう さといえ)
- 生没年不詳 蒲生氏郷家臣。九州征伐で戦功を挙げ、蒲生姓と郷舎の名を賜う。~
氏郷が死去し、蒲生秀行が家督を継ぐと、蒲生騒動などにより蒲生家は減移封される。この際、郷舎は出奔し、石田三成に仕えることとなる。
関ヶ原の戦いの後、一時蒲生家に帰参するも重臣岡重政と争い事を起し再度出奔し、藤堂高虎に仕える。
1613年、岡重政が失脚すると蒲生家に再度帰参し、三春城1万5000石を賜る。しかし、重臣町野幸和と対立し、またしても放逐される。町野幸和の失脚後、再び蒲生家に帰参するが、後に主君忠知により郷舎はまた放逐された。
- 蒲生頼郷(がもう よりさと)
- 生年不詳-1600 はじめ六角氏に仕え、六角氏滅亡後は蒲生氏に仕えた。~
1587年、九州征伐で功をあげ、蒲生氏郷より蒲生姓と郷の字を賜う。
蒲生家移封後は郷舎とともに出奔して石田三成に仕えた。
1600年、関ヶ原の合戦で織田有楽斎を負傷させるなどの活躍を見せるが、討死した。
- 蒲生大膳
- 頼郷の子。~
関ヶ原の合戦で討死。
- 蒲生将監(がもう しょうげん)
- 生年不詳-1600 安藤直重。安藤守就の弟。~
はじめ滝川一益、次いで蒲生氏郷に仕え、氏郷より蒲生姓を賜る。氏郷死後は石田三成に仕え、関ヶ原の戦いで討死した。
氏郷死後は石田三成に仕え、関ヶ原の合戦では奮戦して生き残った。のち蒲生秀行が会津に復領すると5500石で蒲生家に帰参した。
コメント
元の文章: 旧寄合所ミラーの「蒲生郷舎」(2026-10-04 11:41 に引き継ぎ)をもとにしています。
旧寄合所ミラーの文章は、そのまま残ります。ここでの編集は、寄合所・新 ページの履歴に記録されます。