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足軽六右衛門
足軽六右衛門
概要
人取橋攻略の味方として、伊達家に仕える若い侍“足軽六右衛門”(あしがるろくえもん)が登場します。
足軽六右衛門はプレイヤーと共に試練を達成するにつれて成長し、使用する技能が変化したり、能力が上昇したりします。
「独眼竜の野望」の今後において、頼もしい存在となってくれるかもしれません。
成長
- 試練を2つ達成(追加試練は除く)するごとに成長
- 六右衛門込みの徒党でボスを倒す必要は無し
- 成長要素は固定。
- 人取橋、小田原の陣、関ヶ原の陣それぞれの進行度の合計でレベルが決まる(通常試練のクリア合計数)。
- そのため、背水の試練を達成していると小田原では35から、時喰らい魔獣を倒して小田原に行くと30からとなる。
| ダンジョン | 名前 | レベル | クリア試練数 | 対象試練 |
|---|---|---|---|---|
| 人取橋 | 足軽六右衛門 | 25 | 初期(0) | |
| 30 | 2 | 人取橋:挟撃の試練、討伐の試練、追撃の試練、背水の試練 | ||
| 35 | 4 | |||
| 小田原の陣 | 支倉六右衛門 | 30 | 初期(2) | 人取橋:挟撃の試練、討伐の試練 |
| 35 | 4 | 人取橋:追撃の試練、背水の試練 小田原の陣:義の試練、鬼謀の試練、絆の試練、天下人の試練 | ||
| 40 | 6 | |||
| 45 | 8 | |||
| 関ヶ原の陣 | 支倉常長 | 45 | 初期(3) | 人取橋:挟撃の試練、討伐の試練 小田原の陣:義の試練 |
| 50 | 8 | 人取橋:追撃の試練、背水の試練 小田原の陣:鬼謀の試練、絆の試練、天下人の試練 関ヶ原の陣:夏草の試練、美しき試練 修羅の試練、忠節の試練 大一大万大吉試練、不倶戴天の試練 | ||
| 55 | 10 | |||
| 60 | 12 | |||
| 65 | 14 |
性能
| 名前 | 職業 | レベル | 生命 | 付与 | 使用技 |
|---|---|---|---|---|---|
| 足軽六右衛門 | 槍侍 | 25 | 4,040 | 二〜五連撃、我武者羅・改、誘い水、看破、全体看破、霧散、金縛りの計、籠絡の計、小細工無用、守護術 | |
| 30 | 4,561 | 二〜五連撃、四〜五連撃・改、我武者羅・改、誘い水、看破、全体看破、霧散、金縛りの計、籠絡の計、小細工無用、守護術 | |||
| 35 | 5,068 | ||||
| 支倉六右衛門 | 槍侍 | 30 | ? | 二〜五連撃、我武者羅・改、誘い水、看破、全体看破、霧散、金縛りの計、籠絡の計、小細工無用、崩落の計、守護術 | |
| 35 | ? | ||||
| 40 | ? | ||||
| 45 | ? | 三〜四連撃、四〜五連撃・改、我武者羅・改、みね打ち、誘い水、看破、全体看破、霧散、金縛りの計、籠絡の計、蘇生の秘薬?、反撃封じ、守護術 | |||
| 支倉常長 | 槍侍 | 45 | ? | 四〜五連撃・改(八箇必勝は使わない) | |
| 50 | 6400 | 八箇必勝、肋一寸、乾坤一擲、みね打ち、全体看破、反撃封じ、守護術 | |||
| 55 | ? | ▲ | |||
| 60 | ? | ▲▲ | |||
| 65 | ? | ▲▲ | 六右衛門の拳、八箇必勝、肋一寸、反撃封じ、守護術、沈黙の霧・壱、武運長久 |
特徴
生息地域
関連試練
関連項目
備考
- 7人未満の一徒党につき、一体まで連れて行くことができる
- 党首を自動追尾する。
- 徒党を組んでいる場合、党首が連れ出す必要がある。
- 他徒党に随伴中の共闘Nを奪うことはできない
- 戦闘終了時に自動で生気完全回復
- 以下の状態になると自動的に入り口に戻る(ログ表示あり)
- 党首との距離が一定以上になる
- 党首が変更される
- 戦闘で死亡する
- 野外で六右衛門に話しかけ、別れる
- 最初は伊達家足軽と同程度の性能だが、レベルが上がると、特に小田原や関ヶ原ではなかなかの強さになる。
列伝
- 支倉常長(はせくら つねなが)
- 1571-1622 伊達政宗の家臣。初名は六右衛門長経、洗礼名はドン・フィリッポ・フランシスコ。~
支倉家の養子となり、足軽・鉄砲組頭として活躍。朝鮮出兵や大崎・葛西一揆の鎮圧に参加した。
1613年、伊達政宗の命を受け、遣欧使節としてメキシコを経てイスパニア・ローマに赴く。
イスパニア王、ローマ教皇に謁見するが、成果を残せないまま1620年に帰国した。
常長の出国後、日本では江戸幕府による切支丹禁教令が布告されたため、常長の功績はその家門ごと闇に葬られた。
その他情報
元の文章: 旧寄合所ミラーの「足軽六右衛門」(2026-10-04 11:41 に引き継ぎ)をもとにしています。
旧寄合所ミラーの文章は、そのまま残ります。ここでの編集は、寄合所・新 ページの履歴に記録されます。