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鵜殿長持

駿河武将一覧

鵜殿長持(ウドノナガモチ)

レベル:数

80:7

職業

神主

防衛陣

本陣四天王

戦闘開始時セリフ

鵜殿長持セリフの画像
我が妻は殿の御妹君。
わしは名門今川家の一族に
列する身じゃ。下がれ!

構成

名前職業レベル初期付与使用技
鵜殿長持刀神主65▲
反射結界
雅な唄、優美な唄、明神閃、神雷、嵐撃、武運長久、蘇生・壱
今川武者薙刀侍60蘇生・壱、守護術
駿河の上忍忍者60蘇生・壱
鵜殿氏長薬師60再生蘇生・壱
駿河侠骨者刀傾奇60
駿府繋忙鍛冶鉄砲鍛冶60
駿府蹴鞠隊錫杖陰陽60結界

特徴

対応する後陣主将を倒すと5体に弱体

ドロップアイテム

列伝

鵜殿長持

三郎、藤太郎。鵜殿長将の子。生年は不明。
鵜殿氏は藤原実方の末裔とされるが、確証はない。紀伊新宮別当の子が西ノ郡に移ったのをはじめとするが、熊野七人衆の一人の子孫であるともされ、よくわかっていない。
しかし熊野と西ノ郡付近のつながりは吾妻鏡にもみられるとされ、つながりがあったのは間違いない。
神社などが多くある神ノ郷に建設した上ノ郷城を居城としていた一族である。
なお、いつごろから今川氏の家臣となったかは不明である。

三河上ノ郷城主となり、先祖以来の同地を治めていたようであるが、経歴などはよくわかっていない。
わかっているのは妻が今川義元の妹であることくらいである。
1560年の桶狭間では子である鵜殿長照とともに尾張の大高城を落とした後、1562年の徳川との上ノ郷城攻防戦で、徳川が繰り出した忍者勢によって落城。その際に殺されたとされるが定かではない(上ノ郷城攻防戦については長照の列伝を参照されたい)。
一説には1557年に死亡ともいわれており、よくわかっていない人物である。

鵜殿氏長

その他情報

  • 1の一刀流 -- &new{2010-08-06 (金) 19:19:33};
  • 1の固有技:優美の歌使用 -- 臺灣天下布武僧侶 &new{2010-12-23 (木) 05:04:35};

最終更新: 2026-10-04 11:41(旧寄合所ミラーから引き継ぎ) / このページの貢献者

元の文章: 旧寄合所ミラーの「鵜殿長持」(2026-10-04 11:41 に引き継ぎ)をもとにしています。

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